胸に沁みる「魂のことば」

本棚を片付けようと思って、何冊か本を手に取った。

フジ子・ヘミング氏の「魂のことば」の表紙が、パッと目をひいた。

フジ子さんは、幼いときからその才能を認められていたが
世の中に知られるのは、晩年になってからだった。

その間、ピアニストなのに聴力を失うなどの苦労や困難に遭遇した方だ。

本の中には、絶望を見て、立ち上がってきた人ならではの
深い言葉が、奏でられている。

もう一度読むと、かつて読んだときとはまた違った印象があり
初めて読んでいるような気さえしてきた。

幸せな時には、真の友を見分けることはできない。
不幸せになって初めて、誰が本当の友だったかが、はっきりするわ。


という言葉は、震災を経た今、「本当だな」と共感できる。

私の住んでいる地域は、被害が少なかったほうだが
それでも、ライフラインの復旧の目処がたたず、
物資を買うために
風邪をひきながらも、何時間もならんだ日々は
相当心細いものだった。
栄養不足の影響が、身体に出た。

そういう中で、同じ境遇の友人と連絡を取り合い
会ったときには、互いに堰を切ったように話した。

一方、「実は空虚な関係だったんだな」
と思ってしまうような友人関係もあり
それは、残念だけど、私の勘違いがわかって良かったと思うしかない。

とある人と話していて、私が
「何か送ろうか?と言ってくれた人に、つい遠慮してしまった。
本当は、何か送ってもらえたら嬉しかったような気もするけど、
やっぱりそう言えなかった」
と言ったら
「私だって、何か送ろうか?と言われたとき遠慮しちゃったわよ。
お気持ちだけで充分ですって。
でもね、本当に送ってくれる気があるなら、
こっちが言わなくてもちゃんと送ってくれるんだから」
と言われた。
たしかに、もう子どもではないから
生活に必要なもの、保存がきいて気の利いた食料なんかは
わかる。
その人は、もし、自分の友人が今回のような状況になったら
もし、遠慮されても、あきらかに使うものを送る、と言った。

彼女は、私より10歳くらい年齢が上だから
人情の機微に、より通じていて、
私のサバサバした友人関係とは、少し違うかもしれない。

私の友人達は
このような経験が少なくて、
(私を本当に友と思ってくれていたとしても)
こういう状況の人の気持ちを
察することができなかった、というのは充分ありえる。

ああいう状況のとき、私のように、わりと率直にものを言う人間でも
遠慮してしまうことは、体験してはじめてわかった。
物資を送ってくれなかった友人を責める気は、もちろん、ない。
何回も、何が必要か訊いてくれた方は、
このブログを見て、本気で怒るかも。
怒らせるつもりじゃないんです。ごめんなさい。
お気持ち、本当に感謝しています。
すごく嬉しかったです。

本当は、こういうこと、
ブログに書いてはいけないんだろうな。
私が書いているっていうのは、知っている人は知っているのだから。
ごめんなさい。
でも、責めるつもりではなくて、
私の発見、という意味で書いているのだから、許してほしい。
宅配も、相当な期間、配達店で止まっていたし、
送ってくれようにも、難しかったはずだ。
そんなことわかっているけど、こんなこと言いたくなるなんて
心に栄養が不足しているのだろう。

とにかく、
もし、友人が今回の震災のような状況になったら
大したものではなくても、心を込めて、その人が必要としていると思われる
生活用品や必需品を送りたい。

本当に、あなたのために、パフォーマンスではない行動ができますよ、
と伝え、安心させてあげたい。


自分の命は自分のためにあると思ったら大間違い。
自分より困っている誰かを助けたり、
野良一匹でも救うために、人は命を授かっているのよ。


フジ子さんの言葉、こんなに胸に沁みる日が来るなんて思わなかった。


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